各種団体
■ 森のキリシタンメン
宮城県の登米市(とめし)に、殉教の地があると聞き行ってきました。
ここでは、あちこちに「キリシタンの里」という文字を見ることができます。市の歴史的文化財とし、毎年6月の第1日曜日には「キリシタンの里まつり」が、地域の行事として、東和町で行われています。もちろん、野外ミサが行われ、近くの綱木農村公園では、野外コンサート・ふるさと伝統芸能大会・農産物の販売、「魚のつかみ取り」なども行われるそうです。
案内をしていただく地元の歴史研究家の方と信徒の方との待ち合わせのために、東和町にある道の駅「林林館」に行き、ここで昼食をいただきました。
いろんなメニューがありましたが、私たちの目に飛び込んできたのは「森のキリシタンメン」。「キリシタン」と「タンメン」をかけてこの名がついたとのことでした。山の幸が盛りだくさんのおいしい塩タンメンでした。
食べ物にまで、その名がつけられるなんて、殉教者のことが忘れ去られることなく、町ぐるみで大切にされているようで、とてもすてきなことだと思えました。
東和町と大籠のキリシタンについては、“Laudate”でまたご紹介します。
皆様も、東和町に巡礼された際は、道の駅「林林館」でぜひ「森のキリシタンメン」を味わってみてください。
■ 戒名のない卵頭墓石
静岡に耕雲寺という禅寺があります。この寺には、「戒名のない卵頭墓石」が残っています。その墓は、キリシタンであった原主水を助けたために処刑されたこの寺の2代目の住職の墓です。
この話を聞き、自らが信じ生きる仏の道を全うするため、禁じられた違った宗教であるキリスト教を信じ、罰せられ自由に動くこともできなくなった原主水を助けようとした僧の姿に感動し、この寺を訪ねました。
寺の石段を登って行くと、すぐにお寺の方だとすぐにわかる女性から手招きされました。「持って行きませんか」と言われ、何かよくわからずにいると、「袋を持っていますか?」と尋ねられ、持っていないと答えると、中に入ってすぐにビニールのさげ袋を持ってきてくださいました。
「どうぞ好きなだけ持もって行って、マーマレードにでもしてください」とのこと。見ると、立派なみかんがたくさん篭に入っていました。
見ず知らずの私たちに、何も聞かずに収穫したばかりのきれいなみかん(甘夏でしょうか)をわけてくださったのです。
今も、原主水を助けた住職の心が受け継がれているようで、心温まる思いでした。
■「ペトロ岐部と187殉教者」列福式に向けて
4月15日、長崎に行ってきました。長崎駅に一番近い教会、中町カトリック教会の敷地内にある女子パウロ会長崎支部を訪問するためです。
ご存じのように、11月24日、「ペトロ岐部と187殉教者」列福式が、長崎県営野球場(ビッグNスタジアム)で行われます。日本の教会が、長い間待ち望んでいた日本各地の殉教者たちが列福される、大切なそしてうれしい日です。列福式の標語とロゴも決まり、列福式へ参加するための申込みが各教区に設けられた「列福式参加申込受付窓口」ではじまりました。長崎支部のシスターによれば、地元長崎教区ではいろいろな委員会ができ、着々と準備が行われているようです。いよいよ近づいてきたなという感じです。
長崎では、ちょっと足を伸ばして、浦上教会の近くにある「サンパウロ」と「ピエタ」のお店にも行ってみました。中町教会にある「NAKAMACHIセント・ポール」もそうですが、それぞれのお店には列福式に向けたコーナーや展示などができていて、殉教者たちについて知ることができるよう促しています。ピエタの入口には、ロゴと標語の入った“バンナ(垂幕)”が掲げられていました。
1981年2月、教皇ヨハネ・パウロ2世が来日されたとき、松山競技場のミサには大勢の信者が集まりました。長崎ではめずらしい大雪で、冬に処刑された殉教者たちの苦しみに思いをはせて、吹き付ける雪と冷気に耐えて祈りをささげました。今回列福式が行われるビッグNスタジアムは、収容人数25,000人だとか。日本各地から集まる信徒で満ち溢れることでしょう。
ピエタのお店では、師イエズス修道女会のシスターが描いたイラストの、殉教者のパンフレットと6種類のしおりが販売されていて、その中から、京都の殉教者「テクラ橋本」母子の絵を求めました。
現在、日本の社会ではカトリック教会は迫害を受けていませんが、今の社会の中で、どのような形で信仰を生き抜いたらいいのか、殉教者たちの神への信頼の模範を学びながら、列福式の日を迎えるための準備をしていきたいと思います。11月24日は、長崎で行われる列福式と時を同じくして、東京でも何か祈りをささげることができないかしらと思います。
※長崎大司教区のページ http://www.nagasaki.catholic.jp/
※カトリック中央協議会 http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/
→「ペトロ岐部と187殉教者」をクリックしてください。
■ 旅先でのやさしさ
札の辻で殉教した原主水の取材ため、主水が徳川家の旗本として過ごし最初に捕らえられた静岡を訪ねました。
静岡教会には、原主水の銅像があると聞き、電話で連絡して教会を訪ねると、転任されたばかりの主任の林神父と濱田神父が待っていてくださいました。銅像の写真が撮りやすいようにと大雨の中、車を移動してくだり、教会の歴史の資料なども準備してくださっていました。
静岡教会の取材の後、濱田師は、車で20分以上も離れた明治時代に建てられた歴史ある谷津教会に、林師は銅板に書かれた当時の地図のあるところまで案内してくださいました。地図の中の原主水の家をわざわざ探して見つけてくださっていたのです。
大雨でびしょ濡れになりなんだか心まで冷え切っていましたが、お二人のやさしさに力をいただきました。
神の愛やいつくしみは、けっして難しいことではなく、隣にいる人へのこうした思いやりなんだなと教えていただきました。
ありがとうございました。
静岡教会と原主水については、また“Laudate”でご紹介します。
■ 祈りのコーナー(10)
前回、月刊誌「あけぼの」の表紙を描いているシスターの部屋にある祈りのコーナーをご紹介しましたので、今回は引き続き「あけぼの」の編集部の祈りのコーナーをご紹介しましょう。
アジア関連の記事が多い「あけぼの」ですが、祈りのコーナーにもカンボジアや韓国の聖母子が置かれていました。カンボジアの聖母子は、どこか仏像の雰囲気が漂っていて、蓮華座(れんげざ)のような台座の上に聖母子が立っていて、アンコール・ワットに置かれていても、違和感がない木製のご像です。そして、韓国の聖母は、チマチョゴリを着ています。
珍しいのは前教皇ヨハネ・パウロ2世の切手です。
この祈りのコーナーをとおして世界を見つめつつ「あけぼの」の編集にあたっているのでしょうか。
■ ローズマリー
この季節修道院の庭にはたくさんの花が咲いていますが、特に元気が良いのがローズマリーです。
ハーブとして知られるこのローズマリーですが、地中海沿岸原産で、その名の語源は、ラテン語の「ros(露)」と「 marinus(海の)」からきていて、海岸近くに生えていることから「ローズマリー」と名づけられたそうです。
ヨーロッパでは、魔除けの力があると信じられていたこのローズマリーにまつわる逸話はいくつかあります。
その一つにこんな話があります。聖家族が、へロデの迫害をさけエジプトへ逃れる途中、聖母マリアが、ご自分の青いマントを野宿するためにローズマリーの茂みにかけたところ、白かった花が一夜にして清い青い色に変わったというのです。
そのため、ローズマリーには「マリア様のバラ」という別名があります。
花言葉は「静かな力強さ」だそうです。聖母マリアにピッタリの花言葉ですね。
■ 祈りのコーナー(9)
久しぶりに、シスターたちの祈りのコーナーをご紹介しましょう。
今回は、月刊誌「あけぼの」の表紙やカードの絵を描いているシスターの部屋におじゃましました。
部屋に入るとプーンと、油絵の具の臭いがします。
絵だけでなく、とても器用なシスターなので、祈りのコーナーも手作りのものがいっぱいです。リースも十字架、ローソクも祈りがこもったお手製でした。
そして、いろんなところに、ちょっとご像が置かれていました。そのご像の多くは、壊れたものを修理して飾ってありました。
そして、キャンパスには、十字架と木の聖母子の額が置かれていました。シスターは、祈りの中で絵を描いているんだなと、改めて感じました。
■ クリスマスローズ パウロ
ご復活祭に、姉妹がめずらしいクリスマスローズをいただきました。
名前はなんと「パウロ」です。
名前の由来は、前教皇ヨハネ・パウロ2世と、使徒聖パウロから命名したものだそうです。
ドイツのホイガー氏が交配育成した品種で、“ヘレボルス ゴールド コレクション(HGC)”というところが研究、育成したのだそうです。
「クリスマスローズ」の話をご存じですか。この花に付いていたしおりではじめてこの話を知りましたので、ご紹介しましょう。
イエスの誕生したとき、祝福にきた貧しい羊飼いの少女が、何かイエスにささげものをしようと思いましたが、季節は冬で1輪の花も見つかりませんでした。少女が悲しくて泣いていると、その涙が種となって、芽が出てバラと同じ美しい花を咲かせました。少女は喜び、この花をイエスにささげました。
クリスマスローズは、この話と同じように、やさしく可憐な花だなと思います。
この話を知って、なおさら「パウロ」と名前のついたこの花に興味が湧きました。
普通のクリスマスローズは、花が下を向いているのですが、この花は堂々と上を向いています。つぼみと開きはじめのときは、真っ白な花が、しばらくすると葉と同じ緑色になります。そのため、花があまり目立たないのですが、より清楚な感じがします。
人びとの中で目立つことなく、けれどしっかりと自分の信仰を保ち、愛の光を放つことができればと思っています。
■ 信徒のガイド
「平戸・佐世保モニターツアー」の第3弾です。
今回は、このツアーのすてきなガイドをご紹介しましょう。
観光ボランティアガイドをご存じですか。自分の住んでいる地域を案内してくれるボランティアガイドです。今回のツアーでは、平戸と黒島で、ボランティアガイドの方が案内をしてくださいました。お二人とも、カトリック信徒で、教会の歴史や生きた信仰生活を交えながらのガイド、とても感動しました。
最初に回った平戸は、宝亀教会、紐差教会、生月の殉教地と山田教会、そして平戸のザビエル記念教会と教会めぐりと言ってもいい旅でした。共に聖歌を歌い、教会の基礎を築かれた神父の秘話など、巡礼の言葉にピッタリのガイドでした。
そして、地元ガイドのいいところ、お寺の中を通り抜けたりと楽しい案内もありました。
黒島では、案内していただく間に、なんと 亡くなられた聖パウロ会の神父のご親戚の方とわかり、思い出話に盛りあがりました。
信徒の方は、観光客の方たちに案内をしながら、カトリック教会を紹介するというすばらしい宣教をしておられました。
観光ボランティアガイド:http://www.jrkyushu.co.jp/tokyo/guide/nagasaki.html
■「赤坂サカス」オープニング“Sacasウォーク”
3月20日、「赤坂サカス」がグランド・オープンしました。オープニングイベントとして、TBS の テレビやラジオと関連したイベントをはじめ、いろいろなイベントが行われていますが、その一つとして「Sacasウォーク」がありました。「赤坂」の名のごとく、この周辺は「坂」がたくさんあります。また江戸城の近くに位置していたことから、大名屋敷や神社・仏閣も多く、「Sacasウォーク」では、これらの坂を歩こうという企画でした。参加者が多く抽選だったそうですが、めでたく当選しました。8:30~13:00まで、いくつかのグループに分かれて歩いたのですが、20日は大雨でどうなるかしらと思っていましたが雨天決行! たくさんの人が集まってきました。わたしたちは9:10出発のBグループの1、15人ほどがリーダーを先頭に出発です。「行ってきま~~す!」
歩く範囲は、赤坂サカス、氷川神社、東京ミッドタウン、高橋是清公園、豊川稲荷を結ぶ修道院のご近所です。
修道院のすぐそばにある乃木神社前の「乃木坂」もそうですが、本当に坂が多い地域です。江戸時代から道が悪く転ぶ人が多かったという転坂(ころびざか)、陸奥南部藩の下屋敷があったという南部坂、大石内蔵助の「南部坂雪の別れ」の舞台となった坂だそうです。氷川神社の横の氷川坂、長州毛利家の屋敷は檜の木が多く、檜屋敷とよばれたことからついた檜坂、毛利屋敷の日本庭園は東京ミッドタウンの檜町公園になっています。急な坂で、割増料金三分(さんぷん)を払ったことからついた三分坂、円通寺近くの円通寺坂、旭飛稲荷に通じる稲荷坂、元禄12年に新しくできた坂として名がついた新坂(しんさか)、薬草から薬を作るために使った薬研に似ていることからついた薬研坂、この坂は下って上ります。金沢藩主米倉丹後の主の屋敷があった丹後坂、急な坂で牛が悲鳴をあげて苦しんだという牛鳴坂(うしなるざか)。名前の由来がおもしろいです。
途中、5か所あるチェックポイントで、参加賞でもらったエコバックにスタンプを押してもらいながら歩きました。それぞれの坂には「江戸東京ガイド」のメンバーが雨の中を待っていてくださり説明をしてくださいました。さらに、交差点や曲がり角には、たくさんのスタッフが立ち、道案内をしてくれました。身体が冷えてしまったのでは……と心配しています。ありがとうございました。
坂の説明をしてくれる江戸東京ガイドのメンバー 桜が満開の豊川稲荷と道案内のスタッフ
「後で江戸時代の地図を見てみたいね」と言いながら、大名屋敷があった道を歩きました。自分の住んでいる地域に目を向ける、よい機会となりました。桜が咲いたら、もらった“Sacas Waik Map”を手に、もう一度歩いてみたいと思います。
※赤坂Sacas http://sacas.net/
■平戸まち歩き2
「平戸まち歩き」の第2弾です。引き続き、今も歴史の色濃く残る、平戸の町をご紹介しましょう。
教会の見える坂から、寺院を通り次の坂道に抜けました。道ぞいにいくつもお地蔵様がある坂を下って行くと、石畳が敷かれた道「延命町」に入ります。ここは蘭英貿易のころ、多くの貿易商が軒を並べた通りで、1600年代のメインストリートです。かつて、この一間先は海でした。お地蔵様がたくさんあるのは、やはり浮橋主水事件の影響だそうです。この通りに、江戸初期の貿易商川崎屋の庭に茂っていた大蘇鉄があります。樹齢400年を超えるのこの木は、枝があまりにも大きいため、何カ所も支えがしてありました。この蘇鉄の幹にはいくつもの釘が打たれていた。それは、昔蘇鉄に釘を打つと、歯の痛みがとれると信じられていたためです。
平戸に最初に入ったのは、明(中国)でした。そのため、この界隈にはたくさんの明人が住み、その名残と言える「六角井戸」が残っています。
さらに下って行くと、左手の丘の上に、平戸や松浦家の歴史を物語るもの約300点が展示されている松浦史料博物館があります。
この資料館に入るために、石畳の階段があります。この階段が何とも不思議なことに、両側の階段が段差がかなり高いのです。その理由を聞いて驚きました。この段差の高い階段は、殿様が馬に乗ったままこの階段を使って上って行ったためだそうです。この史料博物館の建物は、廃藩置県の際、殿様の住居として作られた「鶴ケ峯邸」です。そして、石垣は桃山時代のものと聞き、その歴史の深さにさらに驚かされました。
入り口には、オランダとイギリスの国旗が掲げられていました。これは、オランダ商館とイギリス商館があった名残だそうです。
ちょうど私たちが訪れた時、「平戸温泉城下雛まつり」(2月15日~4月3日)が行われていましたが、この松浦史料博物館には、松平定信の娘秦姫が、松浦家代35代熈(ひろむ)に輿入れした時に持参しためずらしい雛人形が展示されていました。この雛人形は、細かい細工のされたたくさんの道具のついたものでしたが、雛人形はとても小さなものでした。これは、節約がうたわれた時代であったためだそうです。
また、受胎告知の描かれたオランダ鉢が展示されていました。激しい切支丹迫害の中、よくこのようなものが残ったものだと驚かされました。
海岸の近くに、「うで湯・あし湯」と書かれた、無料の平戸温泉がありました。あし湯には、小さな座るための貸し出し用の畳も用意されていました。時間がなかったので、うで湯だけ体験しましたが、ほんの少しだけお湯につけていただけで、手がすべすべになりました。近所の店には、タオルが販売されていて、何も持たずに行っても「うで湯・あし湯」を利用することができます。まち歩きに疲れた足を休めるには、絶好のポイントかもしれません。
■平戸まち歩き1
ご招待で、「平戸・佐世保モニターツアー」に行ってきました。
平戸は、フランシスコ・ザビエルも鹿児島に滞在した後、訪れています。当時、平戸にポルトガル船が入港し、ザビエルは手紙を受け取るために訪れたと言われています。
また、その後、オランダ商館とイギリス商館も開設され、長崎の出島ができる前に世界に開かれた港町だったそうです。そのため、豊かな歴史の足跡が町のいろいろな所に残っています。
寺院と教会が一枚に収まった平戸の写真は、こんな歴史の一面を見せてくれます。
まず、平戸ザビエル記念教会にバスで行き、そこから坂をくだりながら、「平戸まち歩き」を楽しむことになりました。
山の一番上にあるカトリック教会、その下に松浦家の菩提寺があり、さらにその下に寺院があります。現在は城の空堀跡に石畳が造られ、道となっています。風情のある坂道を下って行きながら、上を見上げると、寺院と教会の屋根が重なりあい、なんとも不思議な美しい景色です。
なぜこんな景色となったかについて、おもしろい話を聞きました。
昔は殿様がなくなると、近臣は殉死するのが通例でした。平戸を治めていた松浦藩の28代隆信(宗陽)には、浮橋主水(うきはし もんど)という家臣がいました。彼は、隆信に非常に寵愛されており、「殿が死んでは、生きていくことができない」といつも言っておりました。しかし、1637年隆信が亡くなっても、旧慣に従って当然殉死するどころか素知らぬ顔の浮橋主水を見て、平戸の人々は「キラズ(切らず)主水」と言い、嫌いました。すると主水は、隆信の母メンシア松東院がキリシタンであったため、1639年、徳川幕府に「平戸は切支丹大名である」と密告しました。浮橋主水事件です。
そこで、幕府は江月和尚をキリシタン検問使として平戸に派遣しました。松浦家の懇意な間柄であった江月は、寺を建てさせ、松浦家が、キリシタンでないことを幕府に証明しました。浮橋主水は伊豆に流罪となり、この事件は終わりました。
隆信の跡を継いだ鎮信(法印)は、松浦藩が切支丹でないことを証しするために、平戸が島であったため、港からよく見える場所にいくつも寺を建てました。また、切支丹に対してきびしい弾圧を行いました。
一番上に教会があるのは、何も寺院の上に教会を建てたかったわけではありません。平戸のザビエル記念教会は、1931(昭和6)年に献堂されました。当時の早坂司教は、宗教が自由になった後この地で宣教を続けたパリ外国宣教会の宣教師たちが、丘の上のよく見える場所に教会を建設したことに倣い、平戸の町にも、山の上のよく目立つ場所に建てることを考えました。そして、墓の上の地であるために、建物が建てられなかった現在の教会の場所が、信徒の畑であったため、その地を譲り受け、教会を建設したのだそうです。
坂の上にある、この教会を建てるために、信徒はたくさんの労働奉仕をしたそうです。
子どもたちも、毎朝学校に行く前に、風呂敷に土を入れ運んだそうです。雨の日はその土を入れた風呂敷が重く、濡れた蓑を重くて着ることができなかったという話を聞きながらこの景色を見ると、より趣のあるものとなりました。
■庭の花たち
東京は、風はまだ冷たくても、日差しはすっかり春の日差しです。
花粉症で、外に出るにはマスクが必要ですが、庭を歩くとかわいい花がいっぱいで、花粉症のこともすっかり忘れてしまいます。
アーリールピナス(昇り藤)やクリスマスローズ、沈丁花が、満開です。ムスカリや、ハナニラ、雪割草も花を咲かせています。ご復活の頃には、庭いっぱいの花たちが喜びを歌ってくれることでしょう。
これから、庭の散歩が楽しめそうです。
■「つくばエクスプレス」に乗りました!
昨日、「つくばエクスプレス」に乗りました。いつも利用している方にとっては、「なんでそれが?」となるのでしょうけれど、乗る機会のない者には(ん? わたしだけ?)、子どものようにうきうきしてうれしいことでした。「TX」のマークもシャープな感じでステキです。えっ? 遊びですかって? もちろん、仕事です。
ご存じのように、女子パウロ会は書籍や雑誌などだけでなく、ビデオ、DVD、音楽CDを制作・発売しています。昨日は、その音楽CDを作ってくださっている「メモリーテック」というCD製造メーカーのつくば工場に行きました。場所は茨城県筑西市。つくばエクスプレスで終点の「つくば」駅まで行き、そこからさらに車で30分ほど走った筑波山のふもとの、空気がきれいで静かな場所にありました。
つくばエクスプレスは、ご存じのように秋葉原から出ています。わたしたちは乃木坂から千 代田線に乗り、北千住でつくばエクスプレスに乗り換えました。さすがエクスプレス、速い!「秋葉原」から「つくば」までは、快速で45分、北千住からはたったの30分です。「つくばエクスプレス」は、構内もホームも、明るくて広く気持ちの良い空間でした。列車は大きな窓で、座席は簡素なデザインのブルーシート。うん、ステキ! 乗っているお客さんも、大学の教授かな……と思える方々で、お上りさんのように、うれしさプラスちょっぴり緊張感で乗りました。
途中のどの駅も、駅の周辺には高層マンションの建設が盛んで、沿線はまだまだこれから発展し続けていくようです。畑と林の間にポツリポツリと家があるような地域に、「つくばエクスプレス」の新しい駅ができ、その駅を中心に新しい街ができていきます。(自然を大切にした開発にしてほしいですね。)風景に見とれていたらあっという間に終点「つくば」に到着しました。残念ながら「つくば」駅のホームは地下です。地上に出て「つくば」駅を撮影しようと思って周囲を見たら……、あれ? 駅舎がない。なんだか駅舎がない駅というのは大切なものがない感じですが、これが「イマドキ」なのでしょう、「すごい!」と、またまたうれしくなってしまいました。
「つくば」の町並みは、つくば大学をはじめ、いろいろな施設などが広~~い敷地で区切られ、道路も広く街路樹があり、近代都市という感じでした。
「メモリーテック」の社員の方々のさわやかなあいさつとともに、おいしい空気の「つくば」は、すっかりお気に入りになってしまいました。また「つくばエクスプレス」に乗る機会があったら、駅名の由来など下調べをして、地図を片手に乗りたいと思います。
■「梅ヶ丘」の梅
咲くのが例年よりちょっと遅い感じの梅の花。しかし、このところの温かさで、修道院の庭の白梅、紅梅ともきれいに満開となりました。春の陽気に誘われて、1日(土)の午後、梅を見に近くまで足を延ばしました
目的地は、東京メトロ・千代田線を代々木上原駅で小田急線に乗り換えて4つ目の「梅ヶ丘」 駅です。駅から5分ほど歩くと羽根木公園があり、小高い丘一面、梅の木が植えられています。たくさんの種類の梅の木があるので、期待していきましたが、咲いているには1/4ほどで、ちょっと早かったかな……という感じでした。それでも、丘を登ってくる人は多く、梅の木の間の小道を歩いていました。
ときおり砂嵐のような強い風が吹いて空が暗くなるかと思うと、すぐ晴れて太陽の光が差したりと不安定でしたが、咲いている梅を見て歩くと、白にも黄色がかったものや、黄緑が入った白もあり、ピンクでも、濃いピンクや淡いピンク、赤も茜色と紅色……などなど、微妙な色の違いと、花びらの違いがあり、時間の経つのを忘れて見ていました。
満開の枝垂れ梅の周囲では、一眼レフでじっと被写体を見てシャパっと撮影する人、友達と話しながら携帯電話でシャカっと撮る人とさまざまです。のんびりとした土曜の午後のひとときを、楽しんでいました。
今週末には、見頃になるのでは? 梅祭りも行われるようです。
■好きな番組(12)……エジソンの母
TBS 金曜22:00~24:54
なんだかどんどんおもしろくなっていくドラマです。
「どうして、1+1は2なの?」「どうして、鳥は飛べるの?」「どうして、静電気は起きるの?」どうして? どうして? ねえ、どうして??? 子どもには、わからないことがいっぱい。転校生の賢人の口癖は「ねえ、どうしてなの?」。彼にとって世の中、わからないことだらけ。そこで、担任の規子に尋ねる。しかし、応えられない質問ばかり。疑問が行動にも現れ、クラスのみんなを巻き込んで大騒ぎ。担任の規子は賢人に振り回され、子どもたちを押さえることができない。そのたびに学年主任の先輩教師祐子がやってくる。授業崩壊が繰り返され、「問題児」扱いされた賢人は、他の児童の保護者たちから転校を求められたりする。やがて教育委員会からも委員がやってくる。そんな中、いろいろな人から批難される賢人を、母親だけは必死で守り、理解してくれるようにと教師たちに訴える。
頭のいい賢人だが、縄跳びができない。「どうして縄がからまるのだろう?」と考えている。そこへ副担任がやってきて言う、「身体で覚えるんだよ」と。遠くで見ていた担任の規子が近づいてきて言う。「い~い。足が地についているとき、手は次を準備している。それが下に来たとき……。わかった!」賢人のことを理解できるようになってきた規子。「うん……」賢人は言われたことを頭の中で追ってみる。理解できた賢人は縄を回してみる。と、飛べた。「できた!」賢人は大喜び。副担任は言う。「そうか、君は頭で理解できないとダメなんだね」。規子の満足そうな顔。う~~ん、なかなか。
ドラマは回数を重ねていくにつれ、賢人の周囲が変わっていきます。子どもたちが賢人を受け入れていき、担任も授業を工夫するようになり、賢人に冷たくあたっていたベテラン教師の祐子も理解を示すようになっていきます。賢人の「どうして」に触発されて、授業は楽しくなり、子どもたちはみな「どうして」「どうして」を言うようになります。教育のあり方に問題提起をしているようなドラマです。
もう一つ、この番組の好きなところは、例えば2/29放送分でしたら、静電気や落雷、感電の仕組みを図入りで解説してくれるところです。小学一年生に説明しているのですが、テレビを見ているわたしたちも勉強できるのだ。(おっと、賢人の言い方になってしまった!)個性豊かすぎる先生たちも、愉快!!
子どもたち一人ひとりは、それぞれ違った良さを持っています。その子どもたちの能力をどう伸ばしていくのか、教師も両親も問われています。これから、賢人は問題児ではなく天才かもしれない……という方向が出てきます。これがどういう終わりを迎えるのか、子どもたちの生き生きとした笑顔とともに、今後の展開が楽しみです。
■神とともにあるモーゼ
「教会の祈り」の“読書”では、四旬節の間、第1朗読として「出エジプト記」が読まれています。
エジプトに住んでいたヨゼフの子孫のヘブライ人たちは、神の恵みによって数が増えていきました。それがエジプト人にとって脅威と感じたファラオは、生まれた男の子を殺したり、奴隷として過酷な労働を課したりしますが、人数が増えるのを止めることはできませんでした。苦しい生活から救ってくださいと訴える民の声を聞いた神は、王女の養子として育てられたモーゼを、イスラエルの民のリーダーとして選びます。モーゼは今までの生活をすべて捨てて、イスラエルの仲間と生きる道を選びます。
ファラオとの気の遠くなるやりとりを経て、モーゼたちはエジプトから脱出することができます。イスラエルの民は自由を求めて、神が用意してくださっている約束の地へ向かうのです。しかしそれは、砂漠を歩く過酷な長い旅でした。
神から選ばれたモーゼは、次々とおそってくる困難に文句を言う民の声を神に伝え、また神からの言葉を民に伝えて、何十万人という民を導いていきます。リーダーとして苦労するモーゼを、神は支え導きます。そして、「わたしがともにいる」という言葉を確かなものとします。
出エジプト記を読んでいくと、モーゼが神と親しく交わり、民の指導者として成長していく様子が伝わってきます。そして、今日読まれる「出エジプト記」(33章、34章)では、シナイ山で神と語ったモーゼの顔の肌が光を放っていると表現されています。神の思いを自分の思いとし、民の心を抱いたモーゼ。神の栄光をいただくようになりました。スゴイ!
「プリンス・オブ・エジプト」というアニメーション映画をご存じでしょうか? モーゼの姿を描 いたCGを駆使したアニメで、ホイットニー・ヒューストンとマライヤ・キャリーが主題歌を歌いアカデミー賞主題歌賞を受賞した作品です。宮殿で王子と兄弟のように育ったモーゼが、宮殿を出て、ファラオと敵対する苦しみが描かれています。
信じていれば きっと奇跡はおこるのよ
望みははなかくとも 決して消えることはないわ
きっと手に入るはずなのよ
信じていれば あなたはいつかきっと
それを手に入れることができるわ
信じていればきっと
神に選ばれた信仰の人モーゼ。彼の姿を追いながら、神により頼む者の生き方を見つめていきたいと思います。
■新しい視点……郡山司教の説教から
今朝のミサは、昨晩修道院にお泊まりになった鹿児島教区の郡山司教が司式してくださいました。
読まれた福音はヨハネ4章の、イエスとサマリアの女とのやりとりを描いた美しい場面です。サマリア人は、ユダヤ人から異邦人としてさげすまれていました。ですから、サマリアの女は、人目を避けるように人通りの少ない昼に、ヤコブの井戸に水汲みにやってきました。井戸のそばには、旅に疲れたイエスが休んでいました。ユダヤ人だったら口をきかないサマリアの女に、イエスの方から声をかけます。「水を飲ませてください」。
女は驚きます。「どうしてわたしに頼むのですか?」
こうしてイエスと女の水についてのやりとりが進みますが、イエスの語る意味と、サマリアの女の理解にズレがあり、話が通じません。
イエスは答えて言われた。
「この水を飲む者はだれでもまた渇く。
しかし、わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。
わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。」
女は言った。
「主よ、渇くことがないように、
また、ここにくみに来なくてもいいように、その水をください。」
郡山司教の説教は、新しい視点を与えてくださいました。
「KY(ケーワイ)」という言葉を知っていますか? (昨年の流行語大賞を取った言葉です ね。知っていますよ。)
空気が読めない。
そうです。わたしたちはイエスの空気が読めないところがあります。鈍いところがあります。考えや理解、思いが、イエスとすれ違っています。しかし、このすれ違いこそが、イエスがわたしたちに関わってくださる動機なのです。すれ違いがあったからこそ、イエスがいろいろと語ってくれたのです。イエスはこのすれ違いを埋めようとして語ってくだるのです。すれ違いを埋めようとしてイエスが語ってくださることが福音です。」
「すれ違いはすばらしい!」新しい視点をいただきました。毎日の人との会話や思いは、すれ違いばかりです。しかし、自己主張ばかり強くて、イエスのように相手を理解し、じっくり聞く姿勢が欠如しています。「そうか、今まですれ違いは悪いものと思っていたけれど、すれ違いはコミュニケーションのチャンスになるんだ……」と目が開かれたおもいがしました。新しい視点でした。
■郡山司教のブログ Ken's Page http://sdemo.net/pken
※写真は、2/23に行われたSIGNISインターネットセミナーでお話する郡山司教
■庭の春 みつけた!
毎年心待ちにしている福寿草の花が咲きました。
この花が咲くと、「もうすぐ春が来るぞ!」と思うんです。
毎年最後に花を開かせる梅の木も、つぼみがふくらんできました。菜の花も、かわいいつぼみをつけ、木瓜はもうすぐ花が開きそうです。
野牡丹や紫陽花は、やわらかな新芽を出しはじめました。
まだまだ寒いですが、庭には春の訪れが見えます。
■喜びの司祭叙階式!
まだまだ空気が冷たい日々ですが、それでも、少しずつ春を思わせる空気を感じるようになってきました。春は卒業、入学、就職と、新しくスタートする喜びの季節ですが、カトリック教会でもこの時期は、司祭になるための課程を終了して、新しい司祭が誕生する喜びの季節です。司祭になる人が少なくなっている中でうれしいことです。
2月11日(月)、長崎教区では浦上司教座聖堂で、野濱助祭・山添助祭の司祭叙階式、と岩下神学生の助祭叙階式が行われました。
同じ日、福岡教区でも叙階式がありました。大名町教会で、佐賀教会出身の井手公平助祭の司祭叙階と十時(ととき)伸治神学生の助祭叙階(小倉教会出身)が行われました。佐賀教会のSさんから、叙階式の様子を知らせるメールが届きましたので、画像入りでご紹介します。
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「佐賀教会出身の井手神父さま(井手さんだの公平クンだのと呼んでいたのでなんかまだ ピンときません)の叙階式がありました。司式は鹿児島教区長の郡山司教様。
1,500人ぐらいの参列者だったそうで、カテドラルは人、人、人。感動・爆笑ありの、形式的ばかりでなくて、温かい式でした。
郡山司教様はとても愉快な方で、「雇われ司教ですが」なんて。
助祭叙階式も同時にあったのですが、出身が信者数2000という、小倉教会だったので、座りきれない信者さんたちのために臨時の椅子も用意されていました。(ちなみに「佐賀地区」の信者数が、2,300あまりです)
17日は佐賀教会で初ミサです。(^o^)
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新司祭、新助祭誕生が、出身教会の人々の喜びであることが伝わってくるようで、叙階式の緊張と心の底から出てくる喜びが伝わってきました。
4月29日には、わたしたちパウロ家族でも、叙階の喜びをいただきます。聖パウロ修道会の吉田助祭(四日市教会出身)の司祭叙階式が、東京・四ッ谷の聖イグナチオ教会で行われます。久しぶりの叙階式で、今からもワクワクしています。
叙階式は、春の太陽の輝くまぶしい光のように、神さまからいただくキラキラ光る喜びの日です。
■長崎教区のwebサイト
http://www.nagasaki.catholic.jp/framepage1.html
※写真提供:佐賀教会の西田さん、大芝さん、行橋教会の小田崎さん

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